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60歳になっても変わらない…。福島県二本松市 玉嶋屋の「玉羊羹」で親に笑われた話

福島市の実家から、いわき市へ戻る前。

「お茶、飲んでげ」

母親のいつもの一言で、帰り支度を中断した。

お茶請けに出てきたのは、誰もが一度は見たことがあるであろう

二本松市 玉嶋屋 の**「玉羊羹(たまようかん)」**

子どもの頃の私は、あんこがあまり好きではなかった。

おはぎも苦手。
まんじゅうも苦手。

ところが、不思議なことに玉羊羹だけは別格だった。

そして60歳になった今。

あんこは大好物になってしまった。

本当は糖分を気にしなければならない年齢なのだが…

この日は実家ということもあり、

「今日は特別!」

と、自分に甘く遠慮なくいただくことにした。

玉羊羹は、戦地へ届けるために生まれた

この丸い羊羹、見た目がかわいいだけではない。

昭和12年(1937年)、福島県知事と軍から

「戦地までおいしく届けられる羊羹を作れないか」

という依頼を受け、玉嶋屋が開発したのが始まりだったという。発売当初は**「日の丸羊羹」という名前で販売され、戦後になって現在の「玉羊羹」**という名前になったそうだ。

今では全国各地に玉羊羹はあるそうだが、その元祖といわれているのが二本松市の玉嶋屋である。さらに本煉羊羹は、江戸時代から続く薪火で練り上げる伝統製法を今も守り続けているという。

ただ甘いだけのお菓子ではなく、そんな歴史を知ると、一粒にも重みを感じるってもんだな。

60歳になってもワクワクする「プチッ!」

そして玉羊羹最大の楽しみ。

爪楊枝でゴムを…

プチッ!!

すると…

瞬時にペロン!!

っと羊羹が飛び出してくる。

これが、たまらない。

子どもの頃から何十年経っても、この瞬間だけはテンションが上がる。

福島県民なら、この「プチッ」を聞いただけで懐かしくなる人も多いのではないだろう。

母親が教えてくれた昔の食べ方

すると母親が笑いながら言った。

「おめは昔、先っぽのゴムを切って、チューチュー吸って食べてたべ。」

そう言って、もう一つ渡してくれた。

「そうだったなぁ。」

すると…

ボトッ。

テーブルに、貴重なあんこが落ちた😭

「あ〜あ。」

母親、大笑い。

「子どもの頃も同じことして、こぼしてたべ。」

……

60年経っても成長していなかった💦

もちろん、落ちた羊羹はもったいないので、ちゃんときれいにすくっていただいた。

食べ物を粗末にしてはいけない。

これは子どもの頃から変わらない我が家の教えである。

変わらない味、変わらない失敗

最新のお菓子もいい。

映えるスイーツもいい。

何十年経っても変わらない味と、家族との思い出が詰まったお菓子には、それ以上の価値があるような気がする。

そして私は今日も実感した。

60歳になっても、人は意外と成長しない😅

でも、それを笑ってくれる親がいるうちは、まだまだ子どもでいられるのかもしれない。

そんなことを思いながら、福島市の実家を後にした還暦親父なのでした。

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